残高52円の通帳になっても気づかなかった情けない話

駅近くのビルの一室をリフォームして
整体サロンをオープンしたのは
10年前でした。

経理や会社経営のことなど全く学ばず
共同経営者さんの言う通りに
スタートしました。

当時独自で開発した寝具の販売事業も
手がけ、施術はスタッフに任せ
自分は専門知識と技術を発信していく
という役割分担で、意気揚々としていました。

起業家さんの集まる塾にも入り
東京・大阪など研修にも出かけたりして
今までとは一変した仕事ぶりで
毎日が充実していました。

やりたい仕事ができている満足感
にひたひたと浸っていました。

そんな時、娘が大きな交通事故に
巻き込まれてしまいました。

生死をさまよう娘を見て
自宅から離れて仕事をしてしまった
ことを深く深く悔やみました。

家で仕事をしていれば
こんなことにはならなかったのに
自分を責めました。

家族の健康を守るために始めた仕事
なのに、一体何をやっているんだろう。

その時は施術も物販も他の方に
任せていたので、私が出社しなくても
大丈夫な体制ができていました。

しかし、共同経営者さんとの意思疎通が
上手くいかなくなり、
彼は会社を去っていきました。

「やぶざきさんは、一人でもできる人だから」
という言葉を残して。

会社設立して1年は経っていませんでした。

経営も経理もほとんど知らない
中途半端な主婦社長が

開発した寝具の在庫と
開発費用と運転資金の借入金と
スタッフ達の生活を背負うことになりました。

委託していた税理士さん
物販コンサルタントさん
起業家の塾等々
経費のかかることは全部やめ、

スタッフも泣く泣く
社員から委託に変わってもらい、
なんとかやりくりしてきました。

商品を仕入れるための資金も
銀行では貸してくれない状態

ある時、気づいたら
通帳残高が52円でした。

意気揚々と始めた起業家生活は
奈落の底に落ちていきました。

会社をたたんでしまえれば楽でした。

借入金があるために、全額返済しないと
たたむこともできない。

もう、辞めてしまいたい。
全部投げ出して、専業主婦に戻りたい。

と、言葉に出した瞬間に
専業主婦には戻りたくない。

何かを成し遂げたい
誰かの役に立つ仕事をしたい

という思いが浮かんできました。

人様のお役に立つことだけが
お客様の喜ぶことだけが
収入を得て家族に貢献することが
私の喜び
だ、と思い込んでいました。

それ以外には考えられませんでした。

お客様がもっと楽になるように
もっと事業が発展するように

さらに高度なテクニックと
より深く、広い知識を
もっと、もっと、もっと、もっと

と、次から次へと学ぶ
セミナージプシーになっていました。

これでいいのか?
これで十分なのか?
と、いつもいつも不安でした。

それでも、人間不信になっていたので
心を開いて相談できる相手もいませんでした。

そこまで落ちても
まだ、本質に気づかなかった私です。

それでも、神様?! はいたのです。

ある運命の出会い第2弾がまっていました。

長くなりましたので、続きは明日のメルマガでお話しますね。